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vol.38 橘川 武郎さま

東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻 教授 経済学博士 東京大学・一橋大学 名誉教授

エネルギー政策の専門家として、声を上げ続ける

数々のメディアに登場され、経済産業省・資源エネルギー庁の審議会の委員も歴任されている橘川さまに、再生可能エネルギーの現状と今後の展望、ESG投資の対象となる電力会社のビジネスモデルなどについてうかがいました。

People」第38回目は、エネルギー政策の権威として知られる、東京理科大学大学院教授の橘川武郎さまのご紹介です。

A&Peopleの代表取締役・浅井の青山学院大学院時代の恩師でもあり、その後も海外の学会での発表の機会をいただくなど、長年にわたりお付き合いをさせていただいています。

数々のメディアに登場され、経済産業省・資源エネルギー庁の審議会の委員も歴任されている橘川さまに、再生可能エネルギーの現状と今後の展望、ESG投資の対象となる電力会社のビジネスモデルなどについてうかがいました。

 

                                                 [取材者:坂本 真美]

高度成長の研究で行き着いた「電力」

経営史の中でエネルギーを専門にされたきっかけは何でしょうか。

ちょうど学生運動が盛んだった時期に大学に入り、ご多分に漏れずマルクスやレーニンをよく読みました。そこでレーニンの「社会主義は電化(電気の普及)と会計(会計システムの整備)」という言葉に出合って、電力の重要性を初めて意識しました。戦前世代の社会科学専攻者にとっての最大のテーマは「なぜ日本は戦争をしたのか」で、私たち戦後世代の最大のテーマは「なぜ高度成長ができたのか」です。それをつぶさに見ていくと、敗戦後に最も多大な設備投資が行われた「電力」に行き着くんです。これは余談ですが、東京電力や中部電力は私が生まれた1951年に設立されていて、こちらが還暦を迎えればあちらも60周年と、何となく親しみを覚えるところもあります。

昨年発表された政府の第5次エネルギー基本計画に、有識者として審議に参加されました。

原子力発電は、稼働すれば経済性が高く、ほとんど二酸化炭素を排出しませんけれど、国内はもとより、外国で事故やトラブルが生じるとすぐに全面停止する恐れがある。そういう不安定な電源であることが明確になった今、エネルギー政策はより長期的な視線で考える必要があります。政府は2030年までに「原子力への依存度を可能な限り低減」、2050年までに「再生可能エネルギーの主力電源化を目指す」としていますが、その壁となっている電力会社のビジネスモデルを変えるなど、具体的な戦略を立てないことには、絵に描いた餅で終わってしまいます。
そうかといって、「反対!」と異を唱えているだけでは、物事は前に進みません。政府はこう決めるだろうと予想できても、対案を出し、提案をし、言うべきことは言います。エネルギー業界の研究を進める中で「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門や、『海賊とよばれた男』のモデルとなった出光佐三など、政府と戦う人物の伝記を書いてきたためか、最近は私もそういう「変わった人」として知られているようで……。こういう存在も、ガス抜き役として必要でしょう(笑)。

「送電線」が再生可能エネルギーの普及のカギ

再生可能エネルギーには、どのような壁があるのでしょうか。

再生可能エネルギーは、稼働率が原子力や火力並みで、電力系統に負荷をかけない「育ちの良い」地熱や水力、バイオマスと、稼働率が低く、バックアップの確保を必要とする「やんちゃな」太陽光、風力の2つに分けられます。
日本の地熱発電のポテンシャルはアメリカ、インドネシアに次いで世界第
3位といわれますが、国立・国定公園の中や周辺に多いため環境規制が厳しい上に、温泉業者が源泉の枯渇を懸念して反対している状況です。別府温泉や霧島温泉のホテルのように温泉業者自身が地熱発電を手がける、大分の滝上地熱発電所のように発電後に使用した蒸気を地元に供給したり、熱水も利用するバイナリー方式も導入したりすることなどが、打開策のヒントになると思います。2mの落差でも発電できる小水力発電では上水道や農業用水などの規制、間伐材を利用するバイオマス発電では収集・運搬コストがボトルネックになっています。

太陽光発電では、FIT終了による「2019年問題」が話題になっています。

アメリカの南部・西部、オーストラリアの西部、中国の内陸部、北欧など、FIT(固定価格買取制度)がなくても再生可能エネルギーが普及している国や地域はたくさんあります。昨年、九州電力による太陽光発電の出力制御が話題になったように、再生可能エネルギーでは送電線の空き容量不足がボトルネックとなっています。送電線はもっと増強すべきですが、3.11後に廃炉が決まった原発が20基もあるわけですから、その送電線を活用することもできます。また、Power to Gas*1やコジェネ(熱電併給)*2など、送電線を使わずに電気以外の形でエネルギーを利用する方法もあります。
また、やんちゃな再生可能エネルギーにコストがかかるのは、「(再生可能エネルギーの出力減退時に不足する)電気を(火力などのバックアップによる)電気で」調整するからであって、太陽光や風力の稼働率が低いときは起動・停止が容易なダム式の水力発電を利用するなど、「再生可能エネルギーを再生可能エネルギーで」調整すればコストは下げられます。

*1 Power to Gas:余った電気を使って水を電気分解し水素を取り出して、天然ガスに注入してガス管経由で供給する方式
*2
コジェネ(熱電併給):発電した電気と、発電時に出る熱の両方を利用・供給する方式

ESG投資が再生可能エネルギーの推進への追い風に

電力会社の今後のビジネスモデルとしては、どのようなものが考えられますか。

今世界が直面している最大の危機は飢餓と地球温暖化で、その克服にはエネルギーが大きく関わっています。経済成長率とエネルギー消費量の伸びはカップリング(連動)しているといわれ、飢餓を解決する「豊かさ」は、エネルギー消費の増大につながります。一方で地球温暖化の解決には、二酸化炭素の排出源である化石燃料の使用削減が不可欠です。つまり、二酸化炭素を排出せずにエネルギーを作りながら、結果として付加価値も増やし、経済成長率とエネルギー消費量の伸びとをデカップリングすることが求められます。これは、人類にとって壮大なチャレンジであり、そのカギとなるのが再生可能エネルギーと省エネなのです。
電力会社のコアコンピタンスは、原発ではなく系統(送電網)の運用力です。再生可能エネルギー利用を拡大するため送電網を増強する電力会社が現れれば、それはサステイナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)の達成に貢献する企業に該当しますし、ESGEnvironmentSocialGovernance=環境・社会・企業統治)投資の対象としても打ってつけの存在となります。太陽光や風力のための送電線増強は、短期的には面倒なことに思えるでしょうが、ESG投資を活用して積極的に手がけてほしいところです。手を上げる電力会社があれば、金融市場は大歓迎ですし、株価も社債発行条件も、対外的なイメージもよくなるでしょう。2020年の発送電分離によって送電線を中立的なインフラとして開放することになっても、コストを上乗せできる総括原価方式が続くわけですから、託送料金で投資を回収できるはずです。

電気やガスの自由化など、エネルギーシステムの一体改革も進められています。

これからのエネルギー業界では、地産地消や省エネという観点から、「熱」と「分散化」を制する者が勝利することでしょう。現時点では、ガス会社の方が積極的ですが、電力会社が本腰を入れて熱供給を始めたなら形勢は一気に逆転する、そんな可能性もあります。
資源の乏しい日本は、エネルギー関連でも、LNG(液化天然ガス)や海外炭による火力発電、石炭火力の高効率化など、数々のイノベーションを生み出してきました。またわが国は、産業、運輸の両部門では省エネ先進国でもあります。ただし民生部門では、家電の省エネ化こそ進んだものの、家やビルなどの建物の省エネは国際水準以下で、ここに伸びしろがあります。そもそも、技術力は高いけれど、縦割り社会が壁になって、社会的実装にいたらないというケースがよくあります。高度な技術力と現場に蓄積されたノウハウをフレキシブルに組み合わせていくことが、日本のとるべき道だと思います。

阪神ファンとして鍛えられた忍耐力?!

休日にはどのようにリフレッシュをされていますか。

阪神の応援なのですが、昨年は最下位で、リフレッシュするどころかフラストレーションがたまってしまいました(笑)。自分が観に行くと負ける気がして、昨シーズンは球場には出かけず、もっぱらネット観戦となりました。
昨年末は「平成最後の」というフレーズがはやりましたが、プロ野球12チームのうち平成の30年間に一度も日本一になれなかった「平成ロスト」チームが2つあるんです。それは阪神と、もう一つは意外なことにセ・リーグで3連覇を果たした広島。阪神が最後に日本一になったのが1985年、広島は1984年ですから、広島が日本一からいちばん遠ざかっている。そんな風に自分を力付け、今シーズンも懲りずに阪神を応援し続けます!