ビジネス界で活躍されている素敵なPeopleをご紹介しています。
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vol.44 香川 陽子さま

Veritas Global Communications 代表
元世界銀行 パブリック・セクター上級専門官

戦術よりもむしろ戦略を立て、非財務情報を企業価値構築
のエンジンとする
そこに日本企業の再成長がみえる

世界銀行で17年にわたり、文字どおり世界を股にかけて活躍された香川陽子さま。
その礎となったのが、ハーバード大学院で習得した社会、政策評価に必要なインデックス(指標)とフレームワークを活用した分析力、そして日本人ならではの「すき間を埋める習性」だったそうです。
日本企業の戦略や情報発信における課題についてお話をお伺いしました。

「People」第44回目は、世界銀行で17年にわたって第一線で活躍された香川陽子さまに登場いただきました。

世界を股にかけて第一線で活躍された香川様ですが、その礎となったのが社会、政策評価に用いられるインデックス(指標)とフレームワークを活用した分析力、そして日本人ならではの「すき間を埋める習性」とのこと。日本企業の戦略や情報発信における課題についてご意見をお伺いしました。

[取材者:三島 のどか]

■各国の制度構築や国づくりに関与

――17年にわたり世界銀行で活躍されたご経歴をお持ちですね。どのような業務に携わっておられたのでしょうか。

 世界銀行は、「a world free of poverty(貧困のない世界)」という目標に向けて、途上国の経済を発展させるためのお手伝いをしています。クライアント(政府)と共に国家を発展させる戦略を立て、その戦略を実現させるためのプロジェクトに低利貸付や無利子融資を行っています。日本も戦後は、黒部川第四発電所(クロヨン)や東海道新幹線で世界銀行の融資を受けていた時期がありました。
 私は、公共政策へのプロジェクトを…具体的には国家の財務や税制、行政改革を推進するための融資案件に携わっていました。ヨーロッパでは、ルーマニアやクロアチアでEU加盟に必要な制度の構築に関わりました。アフリカでは、22年続いた独裁政権に代わって新政権が誕生したガンビアで、選挙の翌月から現地入りし、財政面で「国づくり」に関わるなど、国際開発経済の醍醐味を経験しました。

――「インデックス(指標)」に大変詳しいとお聞きしています。

 世界銀行では、同僚に「指標オタク(index junkie)」と呼ばれていました(笑)。ハーバードの大学院で、社会・政策評価の権威と言われていたキャロル・ワイス教授に指標やロジックフレームを叩き込んでいただき、それが世界銀行に入ってからの私の強みとなりました。私が学んでいた当時、ハーバードでは、国連の「責任ある投資原則(PRI)」の立役者であるジョン・ラギー教授や、SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)の構想が活発に議論されていました。21世紀の世界の枠組みに大きな影響を及ぼすソフトローの骨格が作り上げられていった時代でした。持続可能(サステイナビリティー)のためには、政府だけでなく、ビジネスの役割も拡大する必要があることを提唱し、新たな枠組みをけん引した方々に触れ合えたことが、今日につながっていると感じています。

――日本企業は世界の目にどのように映っているのでしょうか。

 残念ながら「よくわからない国」と言う印象が強いと思います。私が渡米した時は日本経済のバブルがはじける前で、「日本企業がまたアメリカの高層ビルを購入」など良きにつけ悪しきにつけメディアが日本を取り上げ、経済大国というイメージがありました。しかしここ数年は、日本の首相訪問もさほど大きなニュースにならない、投資情報誌でもあまり取り上げられないと、日本人としては少し寂しい状況が続いています。世界情勢が激動している中、日本企業の変化への対応が遅いとも感じています。

■3つの課題の中に日本企業の伸びしろがある

――IR活動やESG経営において、日本企業は世界に遅れをとっているということでしょうか。

 日本の企業がESG先進国として勝るためには、「ストーリーライン」「中長期戦略」「非財務情報」の3つの面を強化する必要があると思います。
 まず、企業の投資家とのコミュニケーションにおいて、日本企業はストーリーライン(筋書)が弱いのではないかと思います。この20年で、資金調達はバンクファイナンスからエクイティファイナンスへと移行してきました。過去の業績を重んずるバンクファイナンスに対して、エクイティファイナンスは未来志向。企業の「夢」に投資してもらうには、相手を説得するストーリーが大事です。
 そして、そのストーリーを夢想で終わらせないための数値や根拠を盛り込んだ中長期戦略が大変重要です。ビジョンやミッションステートメントを掲げる企業は増えていますが、多くの企業の「戦略(strategy)」は製品や販売方法などの「戦術(tactics)」がウエイトを占めています。投資家が知りたいのは、そういった細かい情報ではなく、むしろ大きな方向性です。日本は横並びの文化が根強いようですが、夢を売るためにもぜひ、競争優位性を確立し、独自性を強調した戦略を立ててほしいと思います。

――確かに、統合報告書では、GRIスタンダードなどのガイドラインに準拠してもれなく記載することに意識が向きがちという印象があります。もう1点の課題「非財務情報」についてもご説明ください。

 昨今、ESG投資の研究が盛んですが、短期の投資家が財務情報にフォーカスする一方で長期の投資家ほど非財務情報を投資判断の材料として重視している、という研究結果が発表されています。今後、非財務情報のウエイトはますます高まっていくと思います。
 コロナやウクライナ情勢の影響で、拡大を続けてきたESG投資は足踏み状態にあるとの見方がある中で、環境への配慮はうわべだけだというグリーンウォッシュのような厳しい指摘も出ています。ESGは第1フェーズを終えて、これからもっと成熟した第2フェーズへの段階にきていると思います。
 日本企業のESGへの取り組みは、「E(環境)」に重きを置いていることが特徴です。しかしながら、投資家が企業の将来を判断する上で、人権や人的資本に関する「S(社会)」も、「G(コーポレートガバナンス)」も重視しているので、その部分にもっと厚みのある情報提供が必要だと思います。
 アメリカ及びヨーロッパでは、CSO(Chief Sustainability Officer)を置く、取締役の担当にサステナビリティを加えるなど、経営トップが本気でサステナビリティ経営に取り組む企業が増えています。日本でも、担当部門をつくるだけでなく、経営トップが積極的にESGを企業価値構築のエンジンとして認識し、経営に取り込んでいくことが求められています。

■統合報告書のカギは、非財務情報と伝え方

――A&Peopleでは、日本企業の統合報告書制作のお手伝いをさせていただいています。トータルで発信するツールでありながら、財務情報と非財務情報が相まってストーリーラインの説得力につながると思います。しかし、日本企業の場合は、それらがうまく連携できておらず、切り離されて扱われている感があり、説得力を欠く要因のように感じます。どうすれば両者をうまく連携させることできるとお考えですか。

 世界で統合報告書を発行している企業は現在2,500社ほどありますが、数の上では、日本企業は積極的に統合報告書を採用しているように思います。ただ、統合という形式のみならず、おっしゃるとおり、今後の課題は財務と非財務のリンケージを強めていくことですね。そのためには数値(定量)が主である財務諸表と企業価値や持続的成長の説明(定性)を結ぶストーリーラインが鍵であると思います。会社が何を目指していて、それが企業価値創造へどのように結びついていくかを端的に表すストーリーが大切です。有価証券報告書にも非財務情報の記載が求められることになりました。IRの各種書類、投資家その他のステークホルダーとのエンゲージメントに、一貫したストーリーで、わかりやすく、効果的なメッセージを伝えていくことが重要です。そのためにも、各部署分担方式の作成ではなく、企業が一丸となった報告書作りへと体制も見直す必要もあると思います。

――海外投資家を意識して英語版も作成していますが、何かお気付きの点はありますか。

 日本の報告書には「寄与します」という表現がよく出てきます。そのまま英訳した「contribute」では弱く、「commit」という表現を使った方が評価は高くなります。些細な単語の選択ですが、企業イメージにかなりの影響を及ぼすことが多々あります。言葉もそうですが、日本の控えめで謙虚な姿勢、表現手法では海外の投資家を説得、納得させることは難しい。日本語版を訳すのではなく、グローバル版は伝え方も見せ方も変えた方がいいのかもしれません。

――IR活動におけるプレイン ランゲージの重要性については、どうお考えでしょうか。

 現在は、投資家だけでなく、さまざまなステークホルダーが企業に関心を抱く時代です。投資家に限らず、ワールド・ベンチマーキング・アライアンスやカーボン・ディスクロージャー・プロジェクトといったESGのベンチマークや情報で定評のあるNGOが企業へのクエスチョネア(質問表)を出しています。あくまで私見ですが、日本の企業は積極的にクエスチョネアに回答していないのでは…それが日本企業の世界ランキングを低いものとしている一因ではないかと思います。ベンチマークはきちんとしたメソドロジーに基づいて点数を出し、ランクを付けているとはいえ、やはり人間が介在しています。8点にすべきか9点にすべきかを迷うとき、前向きな回答を得たことで、より高い点をつけたりするものです。日本企業にはこういったクエスチョネアに積極的に答えていただきたいですし、プレイン ランゲージを使って短く適切に回答するのが効果的でしょう。
 世界銀行でも、文書を短く簡潔にしようという動きがあります。職員の多くが博士号取得者ですから、文章スタイルは学術的で長くなりがちです。
 ここ数年は、文書の簡素化が奨励されて、段落の冒頭には内容の重要点を1~2行にまとめ、ボールド(太文字)で記載されることが。それまでは100ページを超えることが多かった融資案件の書類は60ページを目途にというガイドラインがつくられました。そしてプレイン ランゲージの重要性も認識されています。プレインだからといって知的な面で劣るということはなく、プレインであるがゆえに適切な単語を選ばなければいけない。まだAIでは対応できない、人としての真価のみせどころではないかと思います。

■日本からベストプラクティスを出すお手伝いを

――今後は日本で活動されるそうですね。

 コロナ禍のさなか、世界銀行を退職した後1年、今後を考える時間を持ちました。アメリカに留学した当初言葉の面から、更には日本文化のしがらみが、白熱する議論に参加することを難しくしました。発言しなければ存在しないのも同然の欧米文化の中でずいぶん悔しい思いもしました。多くの人種が切磋琢磨する世界銀行での勤務によって、そのハンディキャップを克服することを余儀なくされました。日本の良き文化がグローバル化において不利に働いてしまうのは、コミュニケーションの問題が大きいのではないか?世界の中で存在感が薄くなりつつある日本に、私の経験が役立てるのではないか?と考えをめぐらせました。
 脚光を浴び、目立つ存在が重視される国際社会においても、プロジェクトを推進していく上で、それぞれの専門性の間にプロジェクト推進を阻むすき間が出てきます。日本人はそのすき間が気になり、目立たなくとも改善、解決する努力を惜しみません。その独特の習性が国際社会でも認められることを自身の体験から確信しています。隠れてしまいがちな日本のよい面を、世界に発信していくお手伝いをするため、Veritas Global Communicationsを起業したところです。「Veritas」はラテン語で「真理、真実」という意味です。日本企業の真の姿をプレイン ランゲージのように誰にでもわかる形で、且つ、戦略的に発信したいと思っています。

――とても心強い限りです。よろしければ具体的に、どのような活動をなさるのかご紹介いただけますか。

 日本企業のニーズを調査中ですが、ESGの最新情報を発信し、統合報告書を充実させ、投資家その他のステークホルダーとエンゲージメントのお手伝いをすることが中心になると思います。人権問題や通報システム、気候変動についてサプライチェーンの対応も企業の責任となり、報告書に記載することが徐々に義務づけられてきています。ますます企業のグローバルなコミュニケーションが求められています。
 2023年6月末には国際会計基準審議会(IASB)の傘下に設立された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が非財務情報開示の基準案を発表する予定です。膨大な数のESGの基準や指標が選別され、統一化へと大きく舵が取られました。
 世界的な基準が確立されつつある中で、投資を引き付けるために、中国、インドといった新興国も情報開示に積極的な姿勢をみせはじめています。新たなECGの動向を捉えつつ、世界的な基準や指標のキャパシティビルディングを促進しながら、日本企業からベストプラクティスが生まれ、その発信に努め、国際競争力回復のお手伝いをしたいと思っています。

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