戦略アドバイザーとしてのIRO ~IRの進化~

テキサス州で2019年9月に開催されたNIRI(全米IR協会)の
年次リージョナルカンファレンスにおいて、IRを取り巻く
環境の変化とそれに伴ったIROの役割の変化について議論されました。

▼ 変わる時代、求められる変化
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MiFID II(欧州金融商品市場指令)の改正や、ESG的視点の拡大、
バイサイドツールとしてのAIの台頭、貿易摩擦、市場構造や
社会的視点の変化など、市場を取り巻く環境が目まぐるしく変わる中、
IROも今まで以上のスピードでの変化を求められています。

また、企業の存在意義も変わってきています。株主、企業は利益を
最優先としてきました。しかし、現在は、顧客、従業員、コミュニティ、
株主などのステークホルダーに貢献することが企業の目的であると
多くのCEOが考えるようになっています。

▼ 増える役割、複雑化する環境
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IROの役割は拡大し続けています。IROが従業員、顧客、地域社会と
協力して強力な企業文化を創り出していくことの重要性を専門家は
指摘します。さらには、ソーシャルメディアのユーザーの興味を
引く方法や、オンライン上で企業の評判が脅威にさらされるような
場合にはそれら攻撃への対応も要求されるようになりました。
また、従来と同様にアクティビスト攻撃などに対する危機管理も
求められています。

セルサイド・リサーチの変化や世界経済の変化に合わせ、IROの役割は
より複雑にもなってきています。IROは貿易摩擦や政治的混乱の影響や、
その結果としてバランスが崩れている世界のサプライチェーンや
顧客市場に対しても敏感であることが求められています。
状況が複雑になってきているということは、IROが対応するリスクが
増加することでもあります。

長期投資家を惹きつけるために、よりクリエイティビティも
必要になります。MiFID II改正により、機関投資家がリサーチ
およびノンディールロードショーに対する予算を大幅に削減したため、
従来セルサイドにとって大きな収入源となっていた分野が大幅に
減少しました。その結果、セルサイドはリサーチ範囲やアナリスト
の数を削減しています。IROへの転職を狙うセルサイドアナリストが
持っているスキルや知識に対抗して、IROは自らの差別化を図る
必要もあります。

このような時代において、IROは信頼できる戦略アドバイザーである
ことが求められつつあります。

▼ 新しいIROの在り方
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株主との関係を維持するだけではなく、従業員、コミュニティ、顧客、
政治家などとの関係を維持することも、IROの業務の一部となりつつ
あります。すべてのステークホルダーはつながっているとの考えが
広まっており、ステークホルダーを限定した対応では、複雑化する
世界に対応できなくなりつつあります。

一部のIROはすでにPR、従業員コミュニケーション、政府対応、
ブランディング、マーケティングなどを組み合わせた業務を担当し、
信頼できる戦略アドバイザーとしての立場を確立しつつあります。

IROの業務範囲が、ESG、企業文化、ビジネスに関する知識、
ソーシャルメディア、全体的な評判管理、SEC開示、リスク管理、
市場およびコンプライアンスなど多様になってきている今、IROの
意見がCEOの戦略決定に重要な役割を果たすようになると考えられます。

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◆ 参考・出典一覧
『The Evolution of a Profession』IR Update秋号

IRの変遷10年

▼ ファイナンスからデータサイエンスへ
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未来を予測するのは難しいことですが、IRはファイナンスに
重点をおいた役割から、データサイエンスへと立ち位置を変えて、
さらに進化すると予測されています。

▼ 金融危機によりIRへの要求が変化
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2010年の金融業界は、依然として世界金融危機の影響を
引きずっていました。ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインは
国として実質的に破産しており、大手銀行の業務は行き詰まり、
世界中の中央銀行が大胆な金融政策を迫られました。

この金融危機はIRへ大きな影響を与えました。2007年以前は、
IRの役割の大部分がコミュニケーションであり、
会社に有利な成長ストーリーを伝え、投資家に対してアピールすることが
重視されていました。

しかし、金融危機の後、IRは新たな役割を求められるようになりました。
今後再び発生する可能性があるリスクを回避する方法や、
好景気の際の需要の増加にどのように対応するのかなどについて、
詳細な説明が求められるようになったのです。

また、これまでにないレベルのデータや詳細な情報の開示も
求められるようになりました。

▼ ファイナンスの専門家がIRを担当
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投資家はより詳細な情報や透明性を求めるようになり、
会社の財務をより細かく調査するようになりました。
これにより、IRから情報を自社に有利なように伝えるといった
スピン的な要素も消えていきました。

IRが金融業界との新しいパートナーシップを深めると同時に、
金融知識に精通した専門家がIRを担当するようになりました。
金融業界に精通したIROが生まれることで、アナリストや投資家と
対等な立場も築かれるようになりました。

▼ テクノロジーに造詣の深いIRの必要性
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そして現在、IRは新たな転換期を迎えています。
テクノロジーによって投資環境が変わってきており、IRも対応を
迫られています。アナリストは機械学習と自然言語処理を使用して
企業の株式の動向をチェックするようになり、投資家はアルゴリズムや
スマートコンピュータプログラムを通じて取引するようになっています。

▼ IR成果の定量化の可能性
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2020年代には、企業評価に影響を与える要因をデータサイエンスを
使用して分析するのと同様に、企業の株式市場でのパフォーマンスに対する
IRの貢献度を特定できると予測されています。

これは、IRのROIを正確に定量化できるようになることを意味するため、
長年問われてきた「IRの役割とは」という疑問にある程度の答えが
与えられることになりそうです。

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◆ 参考・出典一覧
IR Magazine 2019年12月12日
『The 2010s in review: Investor relations – From finance function to data science』
https://www.irmagazine.com/technology-social-media/2010s-review-investor-relations-finance-function-data-science

アメリカは不況に向かっている?! 不況時にIROが気を付けるべきこと

2019年7月、米国の歴史でもっとも長い経済成長が記録されました。
失業率は過去50年で最低となっています。
とはいえ、上がったものは下がるのが自然の摂理。

不況の到来を予測する専門家も存在します。
過去94年の歴史を紐解いてみても、S&P 500社の株価が
上昇しているのは、市場が開いている総日数の52%に留まっています。

IROは不況に備える必要はありますが、恐れる必要はありません。
また、不況も悪いことばかりではありません。
株価が下がれば、投資家にとって株購入のハードルが下がります。
また中央銀行は金利を下げるため、ローンの金利も下がります。
配当金は上がり、債券の価格は増加します。

6月にフェニックスで開催されたNIRIの年次カンファレンスでは、
不況時にIROがどのように活動していけばよいかが議論されました。

▼ 失った信用は取り戻せない
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不況の際に一番避けるべきことは、情報発信を止めてしまうことです。
難しい状況でもメッセージが伝わるように最善を尽くしましょう。

カンファレンスを開催するセルサイドが減った場合、
ノンディール・ロードショーを実施し、バイサイドの投資家に
直接リーチします。この際には、マーケットには必ずアップダウンが
あることを理解して投資する長期投資家を対象とします。

IRの焦点は長期的な企業価値であることを忘れないことが大切です。
一度失った信用を取り戻すのは至難の業となりますので、
信用を失わないように、情報を開示していきます。

▼ 業界限定の不況
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自分たちがビジネスを行っている業界のみ景気が悪化している場合は、
どうしたらよいのでしょうか? これは、市場全体の不況の際よりも
IROにとっては扱いが難しくなります。

業界または企業の景気が悪化している場合、同業他社との違いを
理解してもらうことが大切になります。そのため、ライバル企業が
発信している情報にも目を通すようにします。

また経営陣は、企業の状況を隠すのではなく、引き続き透明性を
維持するように努めます。一貫したストーリーを提示することで、
株価が落ちるまで購入のタイミングを見計らっている投資家を
味方に付けることができます。

▼ 信用を維持する
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IROの最大の財産である信用を維持するためには、経営陣、従業員、
投資家の間で情報がしっかりと共有されるようにする必要があります。
そのためには、次のようなアクションが役立ちます。

・経営陣と従業員を集めた対話

・投資家向けのプレゼンテーションや業績予測を聞くチャンスを
従業員に与える

・同業他社や業界のデータを使って、従業員と経営陣に対して、
自社の状況だけが厳しいのではないことを伝える

・株式の売買が頻繁に行われるようになるため、資金フローに関する
データや空売りに関するレポートの重要性が上がることを理解する

・どのように状況を乗り越えるのか、経営陣から重要な株主に対して
アップデートを行う

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◆ 参考・出典一覧
IR Update 2019年夏号
『Are We Headed to the Big R?』